2024年9月、静岡県小山町でノルウェー資本の企業が陸上で育てたアトランティックサーモンの初出荷を行った。海のない内陸部で、サーモンが工場のように生産される時代が始まった。
FAO(国連食糧農業機関)によると、世界の水産資源のうち過剰漁獲状態にある割合は1974年の10%から2021年には38%まで上昇している。魚が獲れなくなっていく一方で、世界の魚食需要は拡大し続けている。その解決策として急速に注目を集めているのが「陸上養殖」だ。
農林水産省フードテックWGが重点4分野に選定したこの技術を、フードテックWatcherが解説する。
陸上養殖とは——「海を使わずに魚を育てる」技術
陸上養殖とは、海・川・湖などの自然水面を使わず、陸上に設置した水槽や施設の中で魚介類を育てる養殖手法だ(出典:国立研究開発法人水産研究・教育機構、2025年7月)。
従来から淡水のニジマス・コイ・ウナギや、海水のヒラメ・クルマエビなどで行われてきたが、近年急速に広がっているのは閉鎖循環式陸上養殖(RAS:Recirculating Aquaculture System)だ。飼育水をろ過装置・殺菌装置などで浄化し循環させ、ほぼ閉鎖されたシステムの中で魚介類を育てる。水の入れ替えがほとんど不要で、環境への排水も最小限に抑えられる。
陸上養殖のメリット——「海」から自由になる養殖
① 場所を選ばない
漁業権が不要で、工業団地・中山間地・都市部の倉庫など、用地があればどこでも設置できる。消費地の近くで生産できれば輸送コストと鮮度ロスを大幅に削減できる。内陸部や海のない地域でも「地産地消の魚」が実現する。
② 天候・海洋環境に左右されない
異常な高水温・赤潮・台風など、近年頻発する自然環境の変化による被害を受けない。高水温による養殖魚の大量死が相次ぐ中、陸上養殖は「安定供給できる水産物」として評価が高まっている。
③ 衛生管理・品質管理が徹底できる
閉鎖環境のため外部からの病原菌・寄生虫の侵入リスクが低く、抗生物質の使用を大幅に減らせる。水温・水質・給餌量をデータ管理することで均質な品質の魚が生産できる。
④ ゲノム編集魚などの新品種育成が可能
閉鎖環境では、外部への影響を気にせず改良品種や外来種の養殖ができる。京都大学発スタートアップのリージョナルフィッシュは、ゲノム編集技術で成長が2倍速いマダイ・トラウトを開発しており、陸上養殖との組み合わせで高効率生産を目指している。
日本の現状——大企業・商社・スタートアップが続々参入
水産庁の調査によると、2025年1月時点の国内陸上養殖届出件数は増加傾向が続いており、サーモン・トラウト・ヒラメ・トラフグ・バナメイエビ・ウニなど多様な魚種で事業化が進んでいる(出典:水産庁、2025年1月)。
特に注目されるのがサーモン陸上養殖の大型案件だ。
- プロキシマー(ノルウェー資本):静岡県小山町で2024年9月に初出荷。総事業費約220億円で年産5,300トンを計画。
- ピュアサーモンジャパン:三重県津市で2027年初出荷・年産1万トンを計画。母体企業は約727億円を調達。
- マルハニチロ×三菱商事:富山県入善町でサーモン陸上養殖事業「アトランド」を設立・稼働中。
- FRD JAPAN:千葉県産の陸上養殖生サーモン「おかそだち」をすでに市場展開中。
異業種の参入も活発だ。NECネッツエスアイのグループ会社はAIによる成長予測・餌やり自動化を組み合わせたサーモン年間生産能力500トンの陸上養殖施設を建設。ヤンマーホールディングスも2025年6月に陸上養殖スタートアップと資本業務提携を結んでいる(出典:Kepple、2025年)。
市場規模は急拡大中だ。富士経済の試算によると、循環式陸上養殖の国内販売規模は2024年実績で約293億円。2025年には約455億円(前年比5割増)、2030年には1,700億円と年率34%の拡大を予測している(出典:みなと新聞、2025年9月)。
課題——コストと「産業化」への道筋
陸上養殖の最大の課題はコストだ。閉鎖循環システムの建設費(イニシャルコスト)は大規模になるほど膨大で、電気代・飼料費・人件費などのランニングコストも高い。植物工場と同様に「高い初期投資を、どう回収するか」が事業の生死を分ける。
みずほ銀行の調査では「採算を確保するには、ブランド化による高価格帯での販路確保が重要」とされており、「飛騨とらふぐ」のような地域ブランドを確立したモデルが成功事例として注目されている(出典:みずほ銀行、2024年)。
また、大規模プレイヤーの多くがイスラエルや北欧製のシステムを採用しており、日本独自の陸上養殖システム技術の確立も業界の課題だ。東京海洋大の研究者は「小規模の分散型陸上養殖が地域経済を支えるモデルとして有望」と指摘しており、大規模一極集中型とは異なる日本型モデルの構築が期待されている(出典:みなと新聞、2025年9月)。
まとめ——「海を持たない水産業」が食の未来をつくる
陸上養殖は、減少する天然水産資源・異常気象・担い手不足という水産業の三大課題に技術で向き合う取り組みだ。場所を選ばず、天候に左右されず、安定した品質で魚を供給できるこの技術は、日本の食料安全保障の観点からも重要性が増している。
コスト課題は残るが、大企業・商社・スタートアップが競合しながら技術を磨いており、2030年代には「陸上産のサーモン」「内陸産のトラフグ」がスーパーで当たり前に並ぶ未来は現実に近づいている。
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【参考・出典】
- 国立研究開発法人水産研究・教育機構「日本における陸上養殖の現状」(2025年7月)
- 水産庁「陸上養殖業の届出件数について(令和7年1月1日時点)」(2025年1月)
- みなと新聞「陸上養殖産業化へ 日本独自のモデル構築」(2025年9月)
- みずほ銀行産業調査部「陸上養殖産業化への挑戦」(2024年)
- 矢野経済研究所「2025年版 養殖ビジネスの市場実態と将来展望」(2025年)
- 農林水産省「養殖業成長産業化総合戦略」(2021年)
- FAO「世界漁業・養殖業白書」(2022年)

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