「日本でいつ培養肉が食べられるようになるのか?」——フードテックに関心のある人なら誰もが気になる問いだ。答えは「規制次第」なのだが、その規制がいま、急速に動き始めている。
2025年は、日本のフードテック規制にとって転換点となった年だった。消費者庁で細胞性食品の安全審査が本格スタートし、政府はフードテックを国家戦略の重点17分野に指定。制度設計の「骨格」が見え始めてきた(出典:Foovo、2025年12月)。
この記事では、日本のフードテック規制の現状を「細胞性食品・ゲノム編集・精密発酵・昆虫食」の4分野に分けて整理する。
日本のフードテック規制——まず「全体の仕組み」を理解する
日本でフードテック関連食品の規制を担う省庁は複数にわたる。
| 省庁 | 主な担当 |
|---|---|
| 消費者庁 | 食品衛生・新開発食品の安全審査・表示ルール(2024年度より厚労省から移管) |
| 農林水産省 | フードテック官民協議会・産業振興・ロードマップ策定 |
| 内閣府(食品安全委員会) | リスク評価(安全性の科学的審査) |
| 環境省 | ゲノム編集生物のカルタヘナ法対応 |
フードテック食品の多くは「新開発食品」に該当し、消費者庁の食品衛生基準審議会・新開発食品調査部会での審査を経て初めて販売が認められる仕組みだ。この審査プロセスが現在、細胞性食品を筆頭に急ピッチで整備が進んでいる。
① 細胞性食品(培養肉)——2024年から審査が本格スタート
現状と経緯
日本では現在、細胞性食品の販売を明確に禁止する法律も許可する法律も存在しない。企業は自主的に販売を自粛している状態だ。
しかし2024年11月、消費者庁の食品衛生基準審議会・新開発食品調査部会が細胞性食品の安全審査を正式に開始した。2025年2月に第1回調査部会が開催され、FAO/WHOの報告書(2023年)に準じた「4つの製造工程(細胞の調達・生産工程・収穫・食品加工)」ごとにハザードを洗い出す作業が始まった(出典:細胞農業研究機構JACA、2025年2月)。
「細胞性食品」という名称に統一
2025年8月、フードテック官民協議会の細胞農業ワーキングチームは「培養肉」に代わる正式名称として「細胞性食品」を基本名称とする方針を発表した。「培養」という語が養殖魚と混同されやすく消費者に誤解を与えるため、製造工程の特徴をより正確に表す「細胞性」が採用された(出典:JACA、2025年9月)。
一方、消費者庁の調査部会では「細胞培養食品(仮称)」という呼称を当面使用することとしており、最終的な名称は引き続き検討中だ(出典:日本食糧新聞、2025年10月)。
今後のスケジュール
調査部会では安全確保のためのガイドライン策定に向けた議論が継続している。農研機構の生研支援センター(BRAIN)は2025年度「SBIR支援」で細胞性食品・精密発酵に関する4課題を採択し、公的支援も本格化してきた。国内での商業販売開始は2030年頃が現実的な見通しだ(出典:Foovo、2025年)。
2025年10月の「BioJapan 2025」では、インテグリカルチャーがアヒルの細胞を培養した試作品を展示し「週1キログラムの生産体制は整っている」と説明するなど、企業側の技術準備は着実に進んでいる(出典:Foovo、2025年10月)。
② ゲノム編集食品——日本は世界に先行して制度整備済み
現状
ゲノム編集食品については、日本は世界の中でもいち早く制度整備を終えた数少ない国のひとつだ。2019年に消費者庁・厚生労働省がガイドラインを策定し、「外来遺伝子が残らないゲノム編集(SDN-1型)」は安全性審査不要・届出のみで販売可能とした。
この制度を活用して販売が始まっているのが、京都大学発スタートアップ・リージョナルフィッシュのゲノム編集魚だ。成長速度が約2倍のマダイ「22世紀鯛」とトラウト「ノリソダチ」はすでに消費者向けに販売されており、日本初のゲノム編集食品として国際的にも注目されている。
課題:消費者理解
制度は整っているが、消費者の「ゲノム編集=遺伝子組み換えと同じ?」という誤解が普及の壁になっている。農林水産省のロードマップでは「ゲノム編集による商品への消費者理解を増進する活動(アウトリーチ活動など)」を2025年度以降も継続して推進するとしている(出典:農林水産省「フードテックをめぐる状況」、2024年11月)。
③ 精密発酵由来食品——規制の空白地帯が課題
現状
精密発酵由来の食品(乳タンパク・卵白タンパクなど)は、日本では明確な規制枠組みが存在しない。米国・カナダ・欧州では審査・承認が進む中、日本は「新開発食品」として個別審査が必要になるが、そのプロセスも現状は未整備の状態だ。
アメリカではPerfect Dayの精密発酵ホエイがFDAのGRAS認証を取得し、すでにスーパーで市販されているが、日本で同様の製品が流通するまでには、まず安全審査の仕組みそのものを構築する必要がある。
今後の展望
農林水産省のロードマップでは精密発酵を「新規食品」として位置づけ、2025年度以降に「食経験のない新規食品であることから、安全確保措置の検討・実施」を推進するとしている(出典:農林水産省「フードテックをめぐる状況」)。フードテックWGの「新規食品ユニット」でも精密発酵食品の規制整備が議題に上がっており、今後2〜3年で審査指針が固まる可能性がある。
④ 昆虫食——ガイドライン整備が進行中
現状
昆虫食は日本では特別な規制法はなく、食品衛生法の一般的な規定の範囲で流通できる。ただし安全性・衛生管理・アレルギー表示の観点から事業者向けのガイドライン整備が課題となっており、農林水産省は2022年度にコオロギ・ミズアブに関する生産ガイドラインを作成した(出典:農林水産省「フードテックをめぐる状況」)。
欧州では2025年時点でコオロギ・ミルワームなど複数の昆虫がEU食品基準で承認されており、日本の規制整備は海外より遅れている状況だ。
国家戦略への格上げ——規制整備が加速する
2025年11月、日本政府がフードテックをAI・半導体と並ぶ17の国家戦略分野に指定したことは、規制整備の加速を意味する。フードテックWGには鈴木農林水産大臣が陣頭指揮を執り、植物工場・陸上養殖・食品機械・新規食品の4ユニットで検討が進み、2026年4〜5月をめどに官民投資ロードマップ案が策定される予定だ(出典:Foovo、2025年12月)。
「ルール整備が遅い」という批判を受け続けてきた日本のフードテック規制は、ここにきてようやく本腰が入ってきた。
まとめ——「2030年」が日本のフードテック規制の到達点
日本のフードテック規制の現状を整理するとこうなる。
- ゲノム編集食品:制度整備済み・すでに販売開始
- 細胞性食品:安全審査スタート・商業販売は2030年頃が目標
- 精密発酵食品:規制枠組み未整備・今後2〜3年で指針策定へ
- 昆虫食:一般食品として流通可・ガイドライン整備中
「規制がないから何でもできる」でも「規制があって何もできない」でもない——日本のフードテック規制は今まさに「作られる途中」にある。2030年に向けた制度の骨格が固まるかどうかが、日本が世界のフードテック市場で存在感を発揮できるかどうかの分岐点になるだろう。
【参考・出典】
- 消費者庁「食品衛生基準審議会新開発食品調査部会」資料(2025年)
- 細胞農業研究機構(JACA)「消費者庁の審議会スタート」(2025年2月)
- 細胞農業研究機構(JACA)「なぜ『細胞性食品』と呼ぶのか」(2025年9月)
- 日本食糧新聞「消費者庁、呼称は『細胞培養食品(仮称)』」(2025年10月)
- Foovo「日本政府、フードテックを国家戦略分野に指定」(2025年11月)
- Foovo「政府、フードテックWGを設置」(2025年12月)
- Foovo「BioJapan2025で細胞性食肉の実物が複数登場」(2025年10月)
- 農林水産省「フードテックをめぐる状況」(2024年11月・2026年2月)

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