2024年、日本の昆虫食業界に激震が走った。食用コオロギを手がけてきたグリラス・クリケットファーム・バグモなど複数のスタートアップが廃業・自己破産に追い込まれたのだ。「次世代タンパク質の本命」として注目を集めたコオロギ食は、なぜ曲がり角を迎えたのか。
一方、世界に目を向けると食用昆虫市場は2026年に約37億5,000万米ドルと急成長を続けており、欧州ではコオロギ・ミールワームが食品原料として正式承認されている。「日本だけが特殊」なのか、それとも「世界が先走りすぎた」のか——両方の視点から昆虫食の現実をフードテックWatcherが整理する。
昆虫食とは——FAOが推奨する「次世代タンパク源」
昆虫食とは、コオロギ・ミールワーム(甲虫の幼虫)・バッタ・カイコ・アリなどの昆虫を食品として活用することだ。世界では現在すでに20億人以上が昆虫を日常的な食材として食べており、タイ・ラオス・メキシコ・中国では昔から食文化に根付いている(出典:FAO、2013年)。
2013年にFAO(国連食糧農業機関)が「昆虫食は食料危機の解決策になりうる」とするレポートを発表したことで、欧米・日本でも次世代タンパク源として注目が一気に集まった。
昆虫食の栄養——「高タンパク・低カロリー」の実力
昆虫食が注目される最大の理由は栄養価の高さだ。コオロギを例に挙げると、乾燥重量の約60〜70%がタンパク質で、必須アミノ酸をバランスよく含む。牛肉の乾燥重量換算のタンパク質含有量(約60〜70%)と同等だ。
さらに昆虫は以下の栄養素も豊富に含む。
- 必須脂肪酸(オメガ3・オメガ6):心血管系への好影響が期待される
- 食物繊維(キチン):昆虫の外骨格に含まれる成分で腸内環境に寄与するとされる
- 鉄・カルシウム・亜鉛:ミネラルが豊富
- ビタミンB12:植物性食品には含まれにくい栄養素を補える
一方でアレルギーには注意が必要だ。昆虫はエビ・カニと同じ甲殻類に近い生物で、甲殻類アレルギーを持つ人はコオロギでもアレルギー反応を起こす可能性がある。欧州食品安全機関(EFSA)は「コオロギは甲殻類アレルギーを誘発する可能性がある点を除き安全」と結論づけている(出典:EFSA、2022年)。甲殻類・ダニアレルギーの方は特に注意が必要だ。
昆虫食の環境負荷——牛肉の100分の1というインパクト
昆虫食が「サステナブルな食」として評価される最大の根拠は環境負荷の低さだ。
| 比較項目 | 牛肉1kg生産 | コオロギ1kg生産 |
|---|---|---|
| 温室効果ガス排出量 | 約27kg-CO2 | 約0.1kg-CO2(約270分の1) |
| 必要な飼料 | 約8kg | 約1.7kg(約5分の1) |
| 必要な水 | 約15,400L | 約1L(約15,000分の1) |
| 必要な土地 | 大量に必要 | 非常に少ない |
変温動物である昆虫は、体温維持にエネルギーを使わないため、飼料を効率よくタンパク質に変換できる。食品廃棄物・農業残渣をエサとして活用できる点も環境負荷低減に寄与する(出典:グリラス)。
日本の現状——「コオロギ食バッシング」と企業の撤退
日本の昆虫食市場は2022〜2023年に急拡大したが、2024年以降は急激に冷え込んだ。
転換点のひとつは2023年初頭に起きた「コオロギ給食騒動」だ。徳島県立高校がグリラスのコオロギパウダーを使った給食を提供したところ、SNSで激しい批判が殺到。「子どもに虫を食べさせるな」「陰謀だ」といった根拠のない投稿が拡散し、学校や企業への脅迫まがいの連絡が相次いだ(出典:東京新聞、2024年)。
その後「コオロギ食=悪」というイメージがSNSで広まり、コオロギ食品を扱う企業のキャンセルが相次いだ。ブームを牽引したグリラスは2024年11月に自己破産を申請。消費者が「食べてみたい」から「食べたくない・信じたくない」に急転した背景に、東京大学の元木康介講師は「食は身体に取り込む行為であり、嫌悪感や安全性への懸念という心理的特性を踏まえなければ普及させるのは難しい」と指摘している(出典:Business Insider Japan、2025年)。
撤退後も続ける企業——TAKEO・無印良品など
一方で昆虫食市場から完全撤退したわけではない。昆虫食専門店のTAKEO(東京・蔵前)は2014年から一貫して昆虫食を扱い、2026年現在も事業を継続している。無印良品はグリラスと共同開発したコオロギせんべいを販売しており、「試してみる入口」として機能している。タイ産のコオロギを使った製品はAmazonやネット通販でも引き続き購入可能だ。
世界の現状——欧州は承認済み、アジアは伝統食として根付く
世界に目を向けると、昆虫食の状況はまったく異なる。
欧州ではEFSAの安全審査を経て、ミールワーム(2021年)・バッタ(2022年)・コオロギ(2023年)・バッファローワーム(2023年)がEU食品規制(Novel Food)で正式承認された。スーパーの棚にコオロギチップス・ミールワームパスタが並ぶ光景は、欧州ではすでに珍しくない。
アジアでは昆虫食は「伝統食」として文化的に根付いており、タイ・ラオス・カンボジアでは日常的に食べられている。これらの国々では昆虫食への心理的抵抗がそもそも存在しない。
世界の食用昆虫市場は2026年に約37億5,000万米ドル、2030年には91億6,000万米ドルに達する見通しで、CAGR25.0%という高成長が続いている(出典:GII、2026年)。ただしこの成長の多くは動物飼料用途(ブラックソルジャーフライを使った養殖魚・家畜の飼料)が占めており、「人が食べる昆虫食」の市場はその一部だ。
日本で買える昆虫食商品
バッシングや企業撤退が続いた後も、日本で昆虫食を試せる商品は存在する。「まず試してみたい」という方向けに入手しやすいものを紹介する。
- コオロギせんべい(無印良品):コオロギパウダー入りのえびせん風スナック。昆虫食入門として最もハードルが低い
- コオロギプロテインパウダー:スポーツ栄養目的で使えるプロテイン。Amazonで複数ブランドが流通中
- 昆虫食専門店TAKEO(EC・実店舗):コオロギ・タガメ・ゲンゴロウなど多様な昆虫食品を扱う
- タイ産コオロギのロースト:Amazonでも購入可能。おつまみ感覚で試しやすい
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まとめ——「正しさ」だけでは食は変わらない
昆虫食は栄養価・環境負荷・コスト効率のすべてにおいて「正しい」代替タンパクだ。しかし日本での普及は「正しさ」だけでは進まなかった。食は文化・感情・心理と深く結びついており、「SNSで拡散した嫌悪感」が科学的な正しさを簡単に打ち負かしてしまう。
フードテックウォッチャーとして正直に言えば、日本での昆虫食の大衆普及は短期的には難しい。ただし昆虫飼料(養殖魚・家畜の飼料)としての活用は着実に広がっており、「知らないうちに昆虫由来の魚を食べている」という形での間接的な普及は2030年代に現実になる可能性が高い。
【参考・出典】
- FAO「Edible insects: Future prospects for food and feed security」(2013年)
- EFSA「Safety of frozen and dried formulations from whole house crickets」(2022年)
- GII「食用昆虫市場 市場規模 市場動向 予測 2026-2035年」(2026年)
- Business Insider Japan「科学では超えられない『食の抵抗感』」(2025年)
- 東京新聞「昆虫食なぜ日本に定着しない?」(2024年)
- 農林水産省「フードテックをめぐる状況」(2024年11月)


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